さよなら、夜行列車

JR東日本、JR東海の今春のダイヤ改正に関するお知らせの中で、「ムーンライトながら」の運行終了が明らかになりました。

ムーンライトながらの歴史を紐解くと、そのルーツは戦前から運行されていた東海道本線の夜行列車と思われますが、直接のご先祖はヨンサントオ(昭和43年10月のダイヤ大改正)で生まれた東京・大垣を結ぶ「大垣夜行」といえると思います。
それから50年余り。
使用される車両や全車指定席化、臨時列車化などを経て、ついに廃止となりました。
最後に使用されていた185系電車が老朽化のため今春で運用を外れ、後継車両が無いということから廃止の発表となったと思いますが、実質的には去年の春の運転が最後となっており、事後的な発表となりました。
コロナウィルスの感染拡大が無ければ去年の夏と年末年始は運転されていたと思います。

JRが廃止した列車のことをわざわざ発表するというのは異例のことだと思います。
これまでのムーンライトシリーズは定期列車が季節列車・臨時列車化されだんだん運転日が減っていき、いつの間にかひっそりと運行終了ということが多かったです。
ムーンライトながらは座席の快速夜行列車としては最後に残された列車であり、その動向について気にかけていた人が多かったと思いますし、実際、問い合わせも多かったのではないかと思います。
そんなこともあってか、今回ははっきりと公式に発表されています。
JR東日本のお知らせ文は以下のようなものです。(JR東海もほぼ同じ内容です。)

臨時列車の快速「ムーンライトながら」につきましては、お客さまの行動様式の変化により列車の使命が薄れてきたことに加え、
使用している車両の老朽化に伴い、運転を終了いたします。

複数の旅客鉄道会社にまたがって運転されること(運転コストなど)、新幹線の良好な利便性、安価な夜行バス路線が充実していることなどいろいろな逆風に加え、この15年くらいは指定席券の転売や安価な指定席券を掛け捨てにする一人2座席の占有など利用する側の問題もあったと思います。
そんな中、使命を終えたという言葉はまさにその通りという気もします。
しかし、最近は安価でのんびりゆったりしたフェリーの旅が見直され個室化が進んでいたり、寝台特急サンライズ出雲瀬戸は若い女性などにも人気だといいます。JR西日本のウエストエクスプレス銀河はそんな潮流を受けて走り出した列車だと思います。
なので、東海道を走るムーンライトながらももしかしたら新しい形で走り出してくれないかなと少し期待もしています。

さて、ながらには何回乗ったんだっけかなと過去の記録を調べてみたら、おそらく6回でした。
ムーンライトシリーズはムーンライトえちご5回、ムーンライト信州2回、ムーンライト高知1回だったと思うので、合計すると結構乗ったなという気がします。
古い写真を引っ張り出して眺めながら、大好きな座席夜行列車とお別れしたいと思います。

新しい画像.bmp
373系時代のヘッドマーク。鵜飼いの鵜が描かれています。


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2007年12月の東京駅。寝台急行銀河も走ってたんですね。


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静岡駅での一コマ。上り下りに加え、臨時ながらの表示もありますね。


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上りに乗ったのは1回だけでした。


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立派な特急用車両だったのでお得感がありましたね。


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臨時列車化し車両のグレードが下がってしまいちょっと残念でしたね。


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とはいえ、18きっぷで乗れる特急用車両でした。


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最後は185系での運転でした。


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絵入りのヘッドマークでなくなったのが残念ですね。


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浜松での長時間停車は体を伸ばすいい時間でした。


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大垣駅でこのストライプの車両を見るのは不思議な気がしました。


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足元は窮屈でしたが立派な座席ですね。


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SLに乗るため新潟に行く時はムーンライトえちごが定番でした。


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大糸線の白馬まで走っていたムーンライト信州。
きれいな車両で快適でした。

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